和歌山ミュージアムコレクション WAKAYAMA MUSEUMS COLLECTION
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和歌浦図屏風 堀田象雲筆 わかうらずびょうぶ ほったしょううんひつ

堀田象雲

収蔵品情報

年代 近代
材質・技法 紙本淡彩
収蔵館 和歌山県立博物館
解説  明治時代末年〜大正時代前半ごろに、和歌浦の紀州東照宮の背後にある権現山から、南東の片男波方面を俯瞰して風景を描いた六曲一隻の屛風。款記(「象雲画之」)により、作者は幕末から大正時代に活動した日本画家・堀田象雲(生没年不詳)であることがわかる。象雲は、はじめ紀州の文人画家・筑紫翠雲(1837~1905)の門下となり、のちに京都で竹内栖鳳(1864~1942)、東京で寺崎広業(1866~1919)に学ぶが、大正5年(1916)7月に文部省展覧会出品のための題材を求めて渡った北海道で客死した。画面中央には、奠供山(標高30m)の山上に通じるエレベーター「明光台」(明治43年(1910)10月設置)と、その右下に見える和風3階建ての旅館・望海楼(別館)が描かれる。手前にみえる家並みは市町の集落で、その右側には畑地や湿地が広がり、そのなかに東照宮の御旅所の鳥居が見える。右端には片男波の松並木が描かれ、左端には山あいから紀三井寺と埋立前の布引の干潟と松林が見える。遠景の山並みは、生石山を含む長峰山脈であろう。明治44年8月14日に和歌山を訪れた夏目漱石(1867~1916)が、小説『行人』の中で「所にも似ず無風流な装置」と酷評したこのエレベーターは。大正5年に撤去された。

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