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杉山森左衛門手判 すぎやまもりさえもんてはん
杉山森左衛門
収蔵品情報
| 年代 | 江戸時代 |
|---|---|
| 材質・技法 | 紙本墨摺・墨書 |
| 収蔵館 | 和歌山県立博物館 |
| 解説 | 紀伊藩士の杉山森左衛門の手判。表には墨の手形が捺され、右に「文久三亥元旦」、左に「八十翁」と記される。さらに裱褙には「杉山森左衛門手版也、此翁能吹尺八好吹鶴巣籠名于世 孫守吉識」とある。以上から文久3年(1863)元旦に80歳を迎えた杉山森左衛門の手判を捺したもので、孫の守吉が手判をもらい受け表装したものとわかる。裱褙の墨書によれば、杉山森左衛門は尺八が上手で、なかでも「鶴の巣籠」を好んで吹いたことでも知られていたようである。 この杉山森左衛門については、先祖書・親類書(和歌山県立文書館所蔵)によると、紀伊藩士であったことが判明する。安藤帯刀(直裕)御預同心で、杉山次右衛門芳久―養子・久楠維定―熊吉と続く家があり、芳久の父も含め「森左衛門」を名乗った。久楠は杉山芳久の養子であるが、実の祖父も森左衛門、実の父も「飛騨守殿(安藤直裕)御預同心」の森左衛門であった。この手判は生没年等から考えると、芳久―久楠―熊吉に至る森左衛門の系統の家ではなく、安藤飛騨守殿御預同心の森左衛門(久楠の実の父)ではないかと考えられる。 |